O.ベーメ作曲『トランペット協奏曲 ヘ短調』その1 トランペットソロ曲紹介

O.ベーメ作曲『トランペット協奏曲 ヘ短調』その1 トランペットソロ曲紹介
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皆さん、こんにちは!

今回はO.ベーメ作曲の『トランペット協奏曲 ヘ短調』について紹介していきます!

ベーメのトランペット協奏曲はこんな曲です!ボストン交響楽団の首席トランペット奏者として活躍したアルマンド・ギターラの演奏。

ちなみに楽譜はこちら

今回の記事では作曲者であるO.ベーメと、曲の概要について解説していきます。




ベーメってどんな人?

Osker Böhmeは1870年にドイツで生まれた作曲家、トランペット奏者です。

同じくトランペット奏者であった父の手ほどきを受けて音楽を始め、ライプツィヒ音楽院でトランペットと作曲を専攻しました。

若い頃どのような活動をしていたかという点についてはっきりとはわかっていませんが、おそらくドイツ国内の小さなオーケストラでトランペットを吹いていたと考えられています。

その後、1894年からはハンガリーのブダペスト歌劇場、1897年からはサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場でトランペット(コルネット)奏者を歴任しました。

また、1921年にはレニングラードの音楽学校の教師に就任しました。

しかしドイツ人であるベーメは、1922年にソ連の最高指導者になったスターリンによって行われた外国人に対する粛清の対象となってしまい、オレンブルク(カザフスタンとの国境に近いロシア南部の都市)に追放されてしまいます。

その後、追放先のオレンブルクで亡くなったと言われていますが、詳しいことはわかっていません。

作品はほとんどが金管楽器やトランペットのためのものですが、スターリンの政策の影響で、長い間日の目を見ませんでした。

戦後になってようやく存在が知られるようになると、トランペット協奏曲を始めとする彼の作品は急速に評価を高め、現在では多くの作品が愛されています。

こちらはベーメ作曲の金管六重奏曲です。元々はトランペット六重奏曲として作曲されたものです。

現在では数少ないロマン派のトランペット協奏曲として、重要なレパートリーとなっています。




トランペット協奏曲ヘ短調の概要

この曲が作曲されたのは1899年です。

当時ライプツィヒ音楽院においてトランペット科の教授を務めていたフェルディナンド・ヴァインシェンクに捧げられ、ライプツィヒ音楽院の学生であったフリードリヒ・シュトイバーによって初演されました。

ベーメはこの曲をメンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』から影響を受けて作曲しました。そのため、このトランペット協奏曲も元々はホ短調で、さらにはA管トランペットで演奏する前提で書かれていました。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はこちら。イツァーク・パールマンの演奏。

しかし、20世紀中頃にはA管トランペットがほとんど使われなくなり、代わりにBb管トランペットが普及したのですが、ホ短調で書かれたこの曲をBb管トランペットで演奏するのは指づかいや音域などの関係で非常に困難だったため、曲全体も半音高くしてヘ短調で演奏されるようになったのです。

ちなみに稀にですが、原曲通りのホ短調で演奏されることもあります。

こちらは現在京都市交響楽団で首席トランペット奏者を務めているハラルド・ナエス氏によるホ短調での演奏です。A管のコルネットで演奏されていますね。

といったところまでが曲の概要になります。

今回はここまで!次回は曲の詳しい解説を書いていきます!

それではまた!